先の6月「自然派ワインとバーカロおつまみ家呑み講座」というコラボ企画を一緒にやっていただいたイタリア料理研究家・前澤由希子さんの翻訳書をご紹介します。タイトルは「La cucina di Anita」。その内容は、カラブリア伝統料理のレシピ集。今年の7月に刊行されたばかりです。

一口にイタリア料理と言っても、実は各地に特色ある料理が星の数ほどあり、こういうものだと定義するのが困難なほど、バラエティーに富んでいます。その中でも最南端のカラブリア料理となると、なかなか知ることのできない、希少な情報ではないでしょうか。

 

本書の作者はカラブリア在住の料理人アニータ・オルサーラさん(Anita Orsara)。実はこの方、東京の半蔵門にある有名イタリア料理店「エリオ・ロカンダ・イタリアーナ」の店主エリオさんのお姉さんなのです。こちらの方々とご縁の深い前澤さんが、今回アニータさんの新刊の翻訳を手掛けたというわけです。

 

本書の副題には「Ricette tipiche della tradizione cetrarese」とあります。cetrarereというのは、アニータさんが生まれたというカラブリア州のチェトラーロ(Cetraro)という地名の形容詞です。直訳は「チェトラーロ伝統の地元料理のレシピ集」。つまり、カラブリア州の中でもかなり地域を限定した、コアなレシピ集と言えましょう。

 

また本書の構成の特徴ですが、すべてのレシピにイタリア語はもちろん、対訳として英語と日本語が掲載されていることです。これは、料理とイタリア語、両方の勉強に打ってつけです。さらに英語もあることで、理解の助けになることが多いのではないかと思います。まさに語学にも役に立つ好著と言えます。

さて、カラブリアという秘境に足を踏み入れるかのように、ワクワクしてページをめくり始めると、何と個人的に懐かしいレシピに出会いました。実は留学時代、カラブリア州のブランカレオーネという町に1ヶ月ほど滞在したことがあります。チェーザレ・パヴェーゼという作家の足跡を調査するために訪れたのですが、思いがけず地元の方のご家庭に招かれたことがあったのです。

そこでよく口にしたのが’nduja(ンドゥイヤ)という辛いソーセージです。本文から引用すると「ンドゥイヤは世界中で知られているカラブリアのペーストタイプのソーセージで、カラブリアでヴァカンスを過ごした際のお土産リストに欠かせないものと言えます。[中略]この珍味には豚肉の脂肪分と天日干しをして細かくひいた赤唐辛子がたっぷりと使われています」とあります。私もカラブリアを去る日に5本ほどお土産にいただきました。

そして、そのンドゥイヤを使ったパスタのレシピも載っていました。Pasta Vulcanoと紹介されていますが、リコッタとンドゥイヤで作ったソースで頂くパスタです。そのパスタにはカゼレッチェ(Caserecce)という少しねじったパスタが使われていたのを思い出したましたが、手打ちされたそのパスタの何とも言えないプリプリした歯ごたえまでが蘇るようでした。

左上に丸く見えるのがンドゥイヤ。これをトマトやリコッタとともに溶かしたソースのパスタ。

本書はAntipasti(スターター), Primi(パスタ), Secondi(肉と魚), Contorni(付け合わせ), Dolci(デザート)とフルコースの形式でレシピが並んでいますが、Conserve(保存食)やLiquori(リキュール)といった、目先の変わったものも加えてあり地元感が伝わってきます。レシピをたどりながら、カラブリアの人たちと過ごした、ゆったりとした穏やかな時間が思い出されました。そこは「スロー・ライフ」が自然に存在する場所です。